ご挨拶:NPO法人アカー創立25周年のメッセージ

※当会は3月3日をもって創立25周年(1986-2011)をむかえました。日ごろの皆様のご支援とご協力に感謝・御礼申し上げ、代表理事よりご挨拶させて頂きます。
2011年3月3日

「としつきとひかり」


あれは確か1986年の12月25日だったと思う。
25年前のクリスマスの夜。高校三年生の私は新宿御苑の大木戸門の近くのマンションの階段を降りていた。
階段を踏み外さないように、時折足元を確かめながら両手で18型のブラウン管TVを抱えていた。
日暮れから小雪がちらついていたが、TVを運び始めた夕刻には牡丹の花のような大粒の雪が降り始めていた。
その18型のTVモニターはゲイ・リベレーションのためのグループ会合に必要で、その夜のうちにボランティアである私が代々木の貸会議室まで運ばなくてはならなかった。
そばには誰もいない。階段はシンと静まり返っている。マンションの玄関前には私を待つ新美広がタクシーを止めようとしている。寒さと疲労のために手がかじかみ、そのすべりやすい指は何度もTVを落としそうになった。
会合の準備で連日睡眠不足が続いていた私は、突然の強烈な眠気のために、底冷えのするマンションの踊り場の隅で、壁にもたれて一瞬うたた寝をしてしまう。



この25年は夢の中の時間のように早く過ぎた。
軽やかだがシリアスな、悲劇的かつ滑稽な、永遠ともいえる一瞬のとしつきだった。
その間、大小さまざまに私たちが失ったもの、得たものは数知れない。
歳月の、その過ぎるスピードと時間のボリュームは、まるで春の朝の風のように私たちの身を軽やかに舞わせ、そしてまるで罪人の足枷のように私たちの夕方の一歩を重くするのだ。

これまで有形無形に支えあい、与え合った仲間達。
そして会員・支援者の方々・ボランティア有志たち。
会員の親族、そのパートナー、イベントに参加してくれた方、協力店舗・関係諸団体の皆様、懐かしく暖かい物故者、アカー卒業生の面々。
縁あってこれまでめぐり会えた全ての人の、大きさも形もバラバラだがとても熱い志が、今日(こんにち)の創立25周年という節目を私たちにプレゼントしてくれたのだと思う。
この25年を振り返ると、計り知れないほど豊かな人生経験の数々だった。
アカーを通して常人の約三倍ほどの濃い人生をプレゼントされた。心から感謝している。
アカーに携(たずさ)わると、濃淡くっきりと生活の輪郭がはっきりするようになる、とよく人から言われる。これはGAYとして生きることの充実を言っているのだろうと思う。
日ごろ事務所で見慣れている面々、今はもう会えなくなってしまった人たち、これから出会うであろう未来の人々、その全てと、この25周年をお互いの肩を叩きあって祝福したい。
25年という歳月から刈り取った豊穣な収穫を、これまで熱い志を寄せてくれた方々に、弥栄満ちる未来を呼ぶ種もみとしてお一人お一人に還元したい。



私は今でも、うたた寝をすることが怖い。
目をつぶった次の瞬間に、雪の降る階段の踊り場でTVを抱えていたらどうしよう。
あの夜に、25年前のクリスマスの夜に戻ってしまうような気がするからだ。
あの夜から今日までのことが、雪の降るクリスマスの夜の踊り場で見た一瞬の酔夢だったとしたら。歳月にさえ考えの及ばない、何の経験も力もない、孤独で無力なただのGAYの高校生に、まばたきの一瞬で戻ってしまうのではないか、と私は恐れている。
私にとってこの25年は夢の日々だったと言っていいと思う。心から幸せだった。
アカーに出会えた偶然と必然の全てに感謝している。

そしてこうも思うのだ。
例えば25年前の私のように、今も日本のどこかで孤立しながら、自身の無力さを嘆くGAYやLESBIANは沢山いる。
その彼、彼女の頬を一すじ照らす、あたたかく淡い光になれたら、と。
アカーがひかりになれたなら、と。


皆様方からの日ごろのご厚情のお陰をもちまして、本日アカー創立25周年の創立記念日をむかえることができました。
これまでアカーに縁のあったすべての方々に心より感謝申し上げます。
ありがとうございます。

叩頭三拝


永田 雅司