「GB新木場事件3ヶ年を考える集い&交流会」レポート




〜 Unforgettable 2000.02.11 〜
この日 ここで起きた 痛ましく 悲しい事件が忘れさられることのないように
新木場事件プレート

1)はじめに
2)哀悼・献花
3)被害者の手記を朗読
4)ストリート・ライブ
5)クロージング
6)交流会

3人のスピーチ

この集いが開かれた詳細は『バック・トゥー・ザ「新木場事件」』をご覧下さい。

 さる2月11日、東京都江東区の新木場において、ゲイ・バッシング(GB)殺人事件が起きてから3年がたったのを機に、集いが行われました。
 当日は、前日から朝まで降りつづいた雨はやみましたが、天候も悪く大変寒いなか、集いの趣旨に賛同していただいた50名ほどの皆さんとともにセレモニーを行い、その後、40名ほどの皆さんと交流会も行いました。ご参加いただいた皆さまに、今一度、深くお礼申し上げます。
 ここでは、集いにご参加いただいた皆さんにも、また、当日来場できなかった皆さんにも、交流会もふくめた当日の様子をダイジェストでご報告させていただきたいと思います。

1)はじめに

 最初に司会から、今日の集いの趣旨についての説明がありました。3年前の今日、この場所でゲイ・バッシング殺人事件があったこと、コミュニティでも社会でも忘れられてしまっている中、今も同性愛者への様々なバッシングはつづいていること、一連の事件の被害者らの取り組みなどもつづいていて、「新木場事件」はまだ終わっていないこと、今日は、これからもこのような事件をくりかえさないために、コミュニティや支援者のみなさんとおもいをあらたにしたい旨の説明がありました。

2)哀悼・献花

哀悼・献花の写真 つづいて事件直後から、献花がつづいていた「夢の島緑道公園」内の発見現場である梅の木のもとへの献花がおこなわれました。まずは一人づつ一輪の花をたむけ、またメモリアルのシンボルとしてレインボー・リボンを梅の木に結わえつけていきました。献花のあとは、このような事件が再びおこらないようにとの想いをこめて1分間の黙とうを捧げました。

3)被害者の手記を朗読

 一連の新木場事件で不幸にも被害にあわれた当事者3名の方が、今回の集いのために手記を寄せてくださいました。当日は、それぞれの手記を当会のメンバーが朗読しました。ここではスペースの関係で、朗読された手記の一部をご紹介します。

 まず、はじめにAさん・20代の手記が朗読されました。

手記の朗読Aさん 「……今、あの公園に行くことを考えたら、昼間であっても「一人では行きたくない」すぐにそう思った。自分の事件を通じて相談に乗ってくれ、その人のつながりで、パレードにもいったり楽しんだこともあった。いま少年院から出てきてるやつらには街中で会ったらぶん殴って腕の一本や二本くらいへし折りたいくらいの気持ちもある。……」

 つづいてBさん・40代の手記を朗読しました。

手記の朗読Bさん 「……3年の月日は事件に片をつけるには十分な時間ではなかったが、以前よりは冷静に一連の事件を見つめることが出来るようになった。亡くなられた仲間を忘れず、こういう事件が起こらないようにするためにも、自分ができることを社会に訴えていければと思い、いま裁判の準備をしている。そして一日も早く決着をつけて、嫌な思いを忘れてしまいたい気持ちで一杯で、その日を心待ちにしている……」

 最後に、Cさん・30代の手記を朗読しました。

手記の朗読Cさん 「……怪我こそすれ命を落さなかったのも偶然かもしれない。事件が起こらなければきっと今『他人事』に思っていたと思う。こういった事件は防ぐ事も予知する事も出来ない。やはりその立場になったものだけしか分からないんだと思うこともある。決して『他人事』に思わないで欲しい。また目撃した時には助け合って欲しい。一人では出来ない事もみんなの助けがあれば出来ることもあるから。亡くなった方の冥福を心よりお祈りします。……」

 以上3名の手記を朗読させていただき、朗読をしたメンバーからは「こうして文章にできるようになるまでにも多くの時間と仲間の支えが必要だったと思います。事件当時の心身だけでないショックの大きさを感じました。忘れたくても思いだしてしまうということ、とても辛いと思った。でもその気持ちを一人で抱えるのはもっと大変と思うので話せる機会を貴重に感じた。」といった感想なども聞かれました。
 今回、被害者のみなさんには、この集いにむけて辛い出来事を手記という形で書いていただきました。心からお礼申し上げますとともに、深く敬意を表します。この手記を通して、多くの仲間とともに共有していけることを願ってやみません。

4)ストリート・ライブ

ライブの風景 今回の集いでは、コミュニティで音楽活動を続けている春日亮二さんたちに、生演奏を披露してもらいました。
 はじめに「TAKE THE DEEP BREATH」を、次に「NO RAIN NO RAINBOW」を、そして最後に今回の集いのために作詞・作曲の「PSYCHO-PHOR(サイコ・ファ)」をつづけて演奏されました。
 今回は野外でのライブという方法によって、参加者がみんなで気持ちを共有することができました。この試みについては、その後たくさんの参加者の方から素晴らしかったと感想をいただくことができました。
 あらためてご協力いただいた春日亮二さんたちにお礼申し上げます。ありがとうございました。

セレモニー終了後のパネルと献花5)クロージング

 以上をもって、現場となった「夢の島緑道公園」でのセレモニーは終了しました。
 最後は司会より、今後も野外系ハッテンバでの暴力や同性愛者の弱みにつけこんだバッシングの問題について積極的な取り組みをしていくことや、被害者の支援や取り組みなど「新木場事件」はまだつづいていること等の挨拶があり閉会となりました。

モンジャ焼きストリート

6)交流会

モンジャ焼き店内 セレモニー終了後は、新木場駅から近くの月島駅に移動し、モンジャ焼きストリートという所にあるモンジャ屋さんに場所をうつし、あらかじめご連絡をいただいた40名ほどのみなさんとともに交流会を行いました。
 最初は、先ずは腹ごしらえということで、お食事をしながらの歓談を1時間ほど予定しましたが、日ごろなかなか接点のない方や初めてご参加いただいた方も多く、交流に花が咲きすぎてしまい、かなり時間が過ぎてしまいました(申し訳ありません)。
 そのため交流会で予定していたプログラムの一つ、3年前の事件から、その後の経緯や当会の取り組みなどについてのトークライブは、当日お配りした資料をお読みいただくことでかえさせていただきました。

 そして、この集いの参加者からの短いスピーチをさせていただきました。司会よりそれぞれの方をご紹介させていただき、3名の方にスピーチをいただきました。
 最初は、当会メンバーの古野さんから、バッシングの被害当事者のインタビューをした時の経験からお話しをしていただきました。

●古野さんのスピーチ

 「3年前に、バッシングに関する原稿を会報に書いた。それは、あるアカbのメンバーがバッシングにあって、そのことをみんな伝え、考えていきたいと思うが、実名は出せないということで、自分が聞き取るという形のインタビューになった。
 それからしばらくして、新木場事件が起こった。今回、新木場事件から3年を向かえ、以前に書いた原稿を加筆・修正する機会を与えられ、自分の書いた原稿を読み直した。そのとき自分は、物語論にひきつけて、今の社会には同性愛者を勇気付けるような物語がないことを指摘し、「当事者の声」を反映した当事者の物語が必要なことを述べたが、今になって読み返してわかることは、当事者が語るということと同時に、語られる声を聞きとる環境、つまり、事件にあった当事者が自然に語れる周囲の環境もなければ、当事者は語ることも難しい、ということである。それはまた府中事件の教訓でもあって、府中事件では、当事者はもちろん私たち同性愛者であったけれども、狭い意味での当事者は、はじめにバッシングに遭ったアカーの若い3人のメンバーであったが、結果的に彼らは原告になることはなかった。当時は活動の中で、それでも多種多様なメンバーの声をとても大事にしてはいたけれど、やはり、彼らの声を聞き取るという作業が足りなかったのではないかと思うこともある。これらのことを考えると、当事者が語るということと、その声を聞き取る聞き手の問題についてを、今日来ていただいた皆さんとなにより一緒に考えていけたらいいと思う。」というお話をいただきました。

 次に、野外系コミュニティの当事者として、またハッテン場についてのサイト【「parks_heaven シンジのハッテン場情報」】を運営していて、当会のバッシングについての取り組みでも協力をしていただいている、シンジさんからお話しをいただきました。

●シンジさんのスピーチ

 「新木場殺人事件から3年を迎えるが、バッシングは全国各地で起きている。自分も6年程前に横浜のハッテン公園でバッシングに遭った。車で待っている時に、通りかかったガキから『お前ホモだろう、うざったいんだよ!』と因縁をつけられ、隠し持っていた鉄パイプで殴りかかってきた。幸いに腕で受けとめ打撲で済み、警察には被害届を出さなかった。もし当時バッシングに対する予備知識があれば、車から降りずに逃げるか、相手の車のナンバーを控えて警察に届けでることもできたかもしれないと悔やんでいる。4年前に野外ハッテン系のHPを立ち上げ、自分の体験談を書いたところ、被害を受けた人からのアクセスがあった。そして、ついにあの痛ましい殺人事件が起きた。直後に殺人事件専用のページを設けたところ、殺人事件が起きる前に被害に遭った人からメールが届いた。情報を発信しなければ情報が集まらないということを感じた。
 殺人事件の犯人が逮捕されて事件が解決したように勘違いする人もいるが、その後も都内や神奈川県内では事件が続いている。バッシングは同一人物によって何度も繰り返し行われ、回数を重ねる毎に犯行がエスカレートする。もし、早期のうちに何らかの対処をしていれば、次の被害を最小限に留めることができるはずだと思う。これからも被害情報をオープンにして、万一の時の対処方法を考えてもらう必要があると思う。
 どんな小さな事件でも「泣き寝入りしない!」、そんな環境づくりが必要なのではないか。そのためには、『ハッテンが悪い』というイメージを取り払う必要もあると思う。ゲイ雑誌のハッテン場特集では「野外ハッテン場」を排除する傾向にあるが、それでは益々野外系が暗闇の世界に潜り込みバッシング情報が水面下に潜ってしまうのではないか。都会のハッテン場ではヤリ部屋(室内有料系)が主流になりつつあるが、それは大都市の一部のこと。ネットの掲示板を見ていただければ一目瞭然のように、ヤリ部屋の無い地域では野外ハッテン場がまだまだ利用者が多い。野外系のユーザーが居る以上、野外が危険だからといって隠蔽するような安易な考え方ではバッシングを無くすことはできない。バッシングに真正面から立ち向か勇気が必要なのではないか。」というお話しをいただきました。

 つづいてアカーメンバーの風間さんからゲイ・バッシングを調査・研究した立場から非公開の事件資料なども閲覧し、それによりわかったことや感じたことなどについて話していただきました。

●風間さんのスピーチ

 「事件直後には、バッシングはハッテンバに行く人たちの問題で、自分たちには関係ないといったゲイ・コミュニティの反応もあったが、本当に少年たちはハッテンバに来ているゲイを嫌悪して暴力を振るったのか? という疑問をもっていた。だが、1年前の時点で事件の詳しい動機にかかわる部分は、ほとんど明らかになっていなかった。
 そのため、同性愛についての研究者という立場から、検察庁へ問い合わせをしたところ、関連資料の閲覧が許可された。一般には閲覧できない訴訟の資料が、段ボールにして2箱分公開された。複写がゆるされないため、ノートパソコンを持込み2日間にわたって記録化を行った。
 はじめにどんな記録があるか全部目を通した。そのなかで、加害者の供述調書が多数含まれていることがわかった。「ホモはウザイ連中でどうなってもかまわない」、「男と男で変なことをしているホモにむかついていた」、「相手をやっているのにスリルを感じた」という記述を目にして、ハッテンしているゲイを狙ったのではなく、男と男でセックスするゲイを狙ったのだ、ということを目の当たりにした。自分も少年たちの標的なのだ、と理解したとき恐怖を覚えた。
 調書を読んだ夜、事務所で衝撃や動揺、そして恐怖したことや怒りなどについてメンバーと話していた。もしこういった感情を一人自分のなかに溜め込んでいたら、どうなっていただろうと正直言って思う。今でも時折、調書の記述を思い出して怖くなることがある。だが、徐々に自分が彼らの標的にもなりうるということも、受けとめられつつある。もし一人で研究していて、こういったことを話す相手や環境を持っていなければ、怒りや恐怖、動揺を抑圧したり、忘れさろうとしたと思う。
 こんな経験を経たものとして感じるのは、事件をハッテンバに通うゲイの問題としようとしたことは、自分が彼らの標的ではないと思おうとする心理の結果生まれたのではないか、ということだ。自分が標的であることを受け入れる恐怖から考えれば、事件を忘却したい、という気持ちが生まれるのも理解できなくはない。でもゲイを狙った犯行であることが事実である以上、その事実を受け入れなければ先に進めない。だが、自分が標的となりうることを受け入れることは、たったひとりではあまりに荷が重い。だからこそ、まずは怒りや恐怖について話し考えられる仲間や環境をつくっていくことが重要なのだと思う。」というお話しをいただきました。

 スピーチの終了後は司会から、今回の集いにご協力いただいたみなさんをそれぞれ感謝の気持ちをこめてご紹介させていただきました。予定の時間ということで一回閉会としましたが、その後も残られる方も多く夜遅くまで交流は続きました。

 ご参加いただいたみなさん、いらっしゃれなくても関心をもっていただいたみなさんに心からお礼申し上げます。ありがとうございました。